【中学受験 不合格体験記】全落ちを経験した今、思うこと
2025.07.15

懸命に努力したとしても、中学受験では不合格になってしまうことがあります。
では、その悔しい経験は、その後の人生にどのような影響を与えるのでしょうか。
御三家合格を目指して3年間塾に通いながらも、結果的に全落ちとなり、公立中学校へ進学したMさんにお話を伺いました。
当時の悔しい気持ち、不合格の事実とどのように向き合ったのか、そして現在の想いまで、赤裸々に語ってくれました。
お話を聞かせてくれた人

Mさん(20代女性 千葉県出身)
・小学4年生で大手集団塾に入塾
・雙葉中学を第一志望校に中学受験に挑んだが、全落ちを経験し公立中学に進学
・大学卒業後、現在は銀行勤務
目次
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親に導かれ、目指すは「御三家」。迷いなくスタートした受験勉強
――中学受験の勉強は、どのような形で始めましたか?
本格的に塾に通い始めたのは小学4年生からです。ただ、塾選びを兼ねて小学3年生の春から春期講習などには参加していました。
志望校は、ある程度は親がもう決めていました。御三家に行きなさいと4年生の頃からずっと言われていて。私自身も不満はなく、御三家を目指しました。
説明会や文化祭のタイミングで御三家全部の学校に行った上で、「雙葉に行きたい」と私が伝えて、最終的に雙葉中学校を第一志望にしました。
――ご両親が御三家を勧めたのは、小学校の成績が良かったからなのでしょうか?
小学校の成績は、すごく良かったと思います(笑)。元々念頭に置いていたのか、成績が良かったのを見てか、親が「中学受験に興味ある?」と聞いてくれました。
まさかの全落ち。手応えがあったからこその深い喪失感
――受験校と受験結果について、教えてもらえますか?
雙葉中学校を第一志望に、渋幕(渋谷教育学園幕張中学校)と東邦大学付属東邦中学校、市川中学校と県立千葉中学校を受験しました。
受験結果は、全て不合格でした。県立千葉中学校だけ一次試験には通った気がします。軽めのお祝いみたいなものをした記憶があるので(笑)。
あとは全て不合格でした。この辺は記憶が曖昧ですが、千葉県の学校を前哨戦として受験し、うまくいかず背水の陣で2月1日に第一志望の雙葉中学校に臨んだ形だったと思います。
正直、渋幕は算数の作図の問題に全く歯が立たなかったこともあって、合格の見込みは少ないかなと覚悟はできていたんですが、ある程度は合格の可能性があると思っていた東邦大東邦と市川の不合格は当時かなりこたえました。
――最終日の合格発表があった時の心境はどうでしたか?
やっぱりショックが大きかったです。小学生の頃の自分は親に言われたことができなかったのが辛く、申し訳ない気持ちもありました。
特に雙葉は、正直、かなり手応えがあったんです。筆記も答えられなかったところはないと思ったし、面接ではすごく話が盛り上がって(笑)。帰りの電車でお母さんに「いける気がする!」と話した記憶があります。
その手応えがあった上での不合格だったので、余計に悲しかった。3年間やってきたことがフラッシュバックして…。合格に向けて塾からも親からも言われてやってきたのに、それが叶わなかった。かけてきた時間もお金も膨大だったのに、その期待に応えられなかった、という思いがありました。
いけると思っていた分、本当にショックで、落ちてから数日間は学校も休んだと思います。
――ご両親は、どのような対応でしたか?
父と母で対応が異なりました。父はお金に厳しく、投資効果を考えるタイプなので、塾代をかけたのに結果が出なかったことについて母に話していたようです。それでも、私には直接何も言わず、両親ともに「お疲れさま」という感じではありました。
母は父の考え方を知っているので、私のメンタルケアをしてくれました。結果には一切触れず、ただ、「がんばったね」とねぎらってくれたのを覚えています。
――友達関係は、どうだったでしょう?
同じ塾に通っていた子たちと仲が良かったのですが、結果については何も触れずに、変に慰めることもなく、「ああ、○○中学校に行くんだ」という感じでした。劣等感のような気持ちはあったと思いますが、過度に結果を気にせず他愛ない話を重ねてくれた中で、自然と一緒にいて楽しい友人としてみんなと接し続けられていました。特に他者によって傷ついたことがないというのは恵まれていたなと思います。
塾で仲が良かった子たちはそれぞれ私立に進学したので、中学校では新しい環境でまた関係を築ける友人と出会いました。
でも中学受験の塾で仲がよかった子とも定期的に遊びに行く関係は続いて、高校生になったときはお互いの文化祭に遊びに行ったりもしました(笑)。すごくいい思い出です。
「3年間は無駄じゃなかった」中学での好成績が自信を取り戻すきっかけに
――不合格の事実は、どのくらい引きずりましたか?
正直に言うと、中学校に入学して、最初の中間テストが終わる6月くらいまでは引きずりましたね。最初の中間テストで信じられないくらいいい点数が取れたんです。それが少し自信につながって、気持ちが切り替わりました。
――中学受験の経験は、高校受験で役立ちましたか?
とても役に立ちました。中学受験をしていなかったら、進学した高校には行けていないと思います。小学6年生の時は人生で一番かなというくらい勉強していたので、中学の3年間は、ある意味その時の貯金を切り崩した部分もあります(笑)。
高校受験のために通った塾でも、中学受験を経て知識の土台があったので最初のクラス分けテストで一番上のクラスに入りました。周りのレベルが高い環境にいられたことが刺激になりました。
中学受験の理社の知識が頭に入っていたので、高校受験の範囲も覚えやすかったです。
「あの経験があったから、今の私がいる」全てが繋がっていると思うから
――今、改めて当時を振り返って、中学受験の経験をどう考えていますか?
中学受験をしたこと自体は、良かったと思っています。もう一度小学生に戻っても、多分すると思います。
あの頃の知識が大人になった今も活きていると感じることは多いですし、小学生向けに好奇心を刺激してくれる授業のおかげで、新しいことを知る楽しさを知りました。 受験したことを後悔はしていません。
――後悔がない、一番の理由は何でしょうか?
一番大きな理由は、不合格になった結果、進学した公立中学校で仲良くなった子たちと、今でも交流があることです。社会人になっても映画を観に行ったりするような交友関係が地元でできました。
中学で仲良くなった子たちは、当時わりと勉強に重きを置きがちだった私とはタイプもかなり違っていて、卒業後の進路もバラバラでした。性格的に合う子との一期一会の出会いがあったことで、中学時代も楽しい思い出がたくさんあります。
中学受験を終えた当時は本当に辛かったですが、あの時、受験をしたおかげで仲良くなれた塾の友達がいて、高校受験を経てまた仲良くなった子がいる。結果論ではありますが、縁として全部つながっているので、あの頃の経験自体を今は嫌だと思うことはありません。 もちろん、合格していたら楽しかっただろうな、とは思います。
――当時、辛い思いをしたMさんに、今のMさんならどんな声をかけたいですか?
変えられることだけを考えていけば、案外なんとかなるよ、と伝えたいです。落ちてしまった事実は変えられないので、その先の人生を変えに行くしかないよと、今なら言えます(笑)。
そして、良い友達を見つけてください、とも言いたいです。勉強は大事だけどそれだけが全てじゃないし、少し顔を上げるだけで色とりどりの楽しいことが沢山あるので、力み過ぎずに今を楽しんで、いろんな経験をしてねと言ってあげたいですね。
取材後記
今回、Mさんは「自分の悔しい経験が、これから中学受験をする方の役に立てば」と、インタビューに協力してくれました。
そして、インタビューの最後に、「記憶に蓋をしていた部分もあり、深層心理のところは美化しているかもしれません。でも、嘘はなく、思っていることを全部話しました」と、真摯に語ってくれました。
この記事を読んでくださっている方の中には、今まさに辛い結果に直面している方もいらっしゃるかもしれません。ご自身の経験をありのままに語ってくださったMさんの言葉が、皆さんの未来へのエールとなることを心から願っています。