【中学受験 不合格体験記】悔しさをバネに、高校受験で果たしたリベンジ
2025.08.20

中学受験はお子さんにとっても保護者にとっても、大きな覚悟と努力を伴う道のりです。
もし、その努力が報われず「不合格」という結果に直面した時、一体どのように現実を受け止め、次の一歩を踏み出せばよいのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、第一志望の都立一貫校に不合格となり、公立中学校へ進学した現役大学生のAさん。当時の悔しい気持ち、結果がわかったあとの気持ちの切り替え方、そして今だからこそ語れる「中学受験で得たもの」について、率直な言葉で語っていただきました。
お話を聞かせてくれた人

Aさん(20代女性)
・小学4年生で大手集団塾に入塾
・第一志望の都立小石川中学に不合格となり、公立中学に進学
・高校受験では第一志望の都立高校に合格。現在は大学で国際関係論などを学ぶ
目次
続きを見る
「努力って実らないんだ」初めて経験した挫折
――まず、中学受験をしたきっかけは何だったのでしょうか?
私が通っていたのは公立の小学校だったんですけど、周りに受験する子が多かったんです。小学校4年生ぐらいから塾に通い始める子がたくさんいました。
私も勉強が好きで、すごく真面目な小学生だったので、「みんなが塾に行ってるから私も行きたい!」と、自分から両親に言いました。
――実際に受験した学校はどちらですか?
都立小石川中等教育学校と安田学園中学校です。
小石川中は試験自体が面白いなあと思ったのと、「スーパーサイエンス校」という他の都立中とは違う特徴があったので、興味を持ちました。
安田学園は家から近いということもあり、腕試しのような気持ちで受験しました。
――試験の結果はどうでしたか。
小石川は不合格でした。安田学園は特待生枠として受験しましたが、特待は落ちて、正規生として合格しました。
ただ、もし都立に落ちたら地元の中学に進学するつもりでいたので、第一志望が不合格とわかった瞬間、迷うことなく選択をした、という感じです。
――結果を聞いたとき、どんなお気持ちでしたか。
それはもう、すごく落ち込みました。「周りと比べてこんなに勉強していたのに」って。
公立中学校に行く友達に、「私もそこに行くよ」って言ったときに、「え、なんで?」みたいな顔をされたのも悔しかったですね。学校に行くのがちょっと怖い時期もありました。
――ご家族の反応はどうでしたか?
もともと「私が始めたい」と言って始まった中学受験なので、親は「絶対に都立に行ってほしい」とか、「地元の中学には行ってほしくない」という感じでもありませんでした。「落ちたら高校受験もあるし、大学受験もあるよ」と、すごく前向きにサポートしてくれました。
――当時、ご両親からかけられた言葉で印象に残っているものはありますか?
私が泣きながら、「努力って実らないじゃん!」と言ったら、父から「そうだよ」と言われたことですね。「えっ、努力って実らないんだ」って、衝撃でした。
その言葉の裏にあるのは、「正しく努力しないと、実るものも実らないよ」ということだと思うんですが、「頑張っても頑張っても、うまくいかないこともあるんだな」ということを小学生ながらに感じました。
悔しさをバネに、中学入学後は早々に高校受験モードに切り替え
――不合格がわかったあと、ご家族はどのように接してくれましたか?
父親がたくさん遊びに連れて行ってくれました。サッカー観戦に野球、キャンプ、旅行……受験期にできなかったことをぜんぶ放出させるかのように、いろんなところに連れ回してくれました。
小学生だからこそ楽しめるような体験を通して、新たな興味の扉を開いてくれて、すごく嬉しかったです。
――不合格とわかってから、自分の中で気持ちをどんなふうに切り替えていきましたか?
次の目標を見つけるに限る!っていう感じでした。中学に入る前の春休みに図書館に行って、高校が一覧で載っている本を読んで、楽しそうな高校を見つけたりしていました。
高校も都立志望だったので、都立の学校のなかから面白そうなところをどんどん調べて、次の目標を見つけました。夏ぐらいから文化祭を見に行ったりもしていましたね。
――中学入学前からすでに、高校受験を見据えて生活していたんですね。
そうです。高校受験を意識して、中1から再び塾に入りました。
――そうやって突き進めた原動力は何だったんでしょうか?
やっぱり不合格がめちゃめちゃ悔しかったのと、中学に入って最初の頃は「ここは自分の居場所じゃない」っていうのも感じていて……。
最初のクラス分けのテストで、「“を”をカタカナに直せ」とか、“は”と“わ”の使い分けを問うような文字の問題が出たんです。私にとっては、それがけっこう衝撃的で。「このままではいけない」という危機感はあったかもしれないです。
それから、塾には中学受験を経験した仲間も何人かいました。志望校に落ちた子も一定数いたので、その子たちと一緒に頑張ろう!という気持ちもありました。
――中学校では周囲とのレベル差を感じることもあったようですが、実際、中学生活はどうでしたか?
入学前は不安でしたが、中学校生活そのものはすごく楽しかったです。部活もしていましたし、大学生になった今でも会う友達もいます。学力の差で友達ができなかったり、なんか合わないなあっていうのは別になかったですね。
勉強の仕方を見直して、念願の都立高に合格
――中学受験と高校受験とで、勉強の取り組み方に変化はありましたか?
高校受験のために通っていた塾は、マインドセットや勉強の仕方を教えてくれる時間がすごく長い塾でした。
「第一志望に合格するためには、こういうステップを踏んでいかなきゃいけない」ということを教わり、このままの勉強の仕方だと非効率だということに気付いて、自分で勉強の仕方を工夫するようになりました。
――中学受験で勉強したことは、高校受験にも役立ったと感じますか?
そうですね。中学受験では国・数・社・理と幅広く勉強したので、基礎がしっかり身についた状態で勉強できました。中学校の期末試験なんかはすごく楽だった記憶があります。
――高校受験の結果、念願の都立高に合格したそうですね。
はい、第一志望の都立青山高校に合格しました。
――合格がわかった時はどんな気持ちでしたか?
嬉しくて飛び跳ねました(笑)。「信じられない!」って感じでしたね。
――ご両親の反応はいかがでしたか?
すごく喜んでいました。うちは結構放任主義だったので、ずっと見守ってくれていました。そのなかでも塾に行かせてもらったというのは大きな支援でしたね。
悔しさを乗り越えてつかんだ、「私ならできる」という自信
――改めて中学受験の経験を振り返ってみて、今だからこそ感じることはありますか。
今でも自己分析をするときに、中学受験はすごく大きいターニングポイントだったなと感じます。「努力しても実らなかった」という経験がバネになって、高校受験に関しては本当に狂ったように勉強して、人生で一番頑張ることができました。
中学受験で成功せずに悔しい思いをして、「自分はダメだ」って思いながらも、その後頑張る経験ができたのはすごく良かったです。
――中学受験で第一志望が不合格だとわかった当時の自分に声をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか。
当時は中学受験しか見えてないから、「自分はなんてダメなんだろう…」と思っていましたが、いざ高校受験に挑んでみると、中学受験で見ていた学校よりもさらに多くの学校があるということに気付きました。
また、公立中に行くと、地元の友達が増えたり、楽しいこともあります。「これから楽しんで!」って言いたいですね。
――大学生活のなかで、中学受験の経験が生きていると感じる場面はありますか?
大学に入って、「これは自分のやりたいことと違うかもしれない」と感じたときに、「また試験を受けないといけないけれど、学部を変更して自分のやりたいことをやろう」という選択をしました。
中学受験の苦しい経験があったからこそ、「頑張ればできる」と、やりたいことを突き通せるようになったのだと思います。
――最後に、今後の夢を教えていただけますか?
実は小学生ぐらいから、漠然とした海外への憧れがありました。大学では国際関連の勉強をしており、将来は海外で働きたいと思っています。1年間休学し、カナダにワーキングホリデーに行ったので、その経験も活かしつつ、海外で働く夢を実現したいです。
取材後記
不合格という悔しさをバネに、中学入学後はいち早く高校受験に向けての勉強を始めたAさん。Aさんのインタビューでは、何回も「悔しさ」という言葉が聞かれました。
「悲しい話がなくてすみません」と笑いながら話す姿が印象的でしたが、その裏にはたくさんの涙と努力があるのだろうなと感じました。
大学では文学部から国際関連の学部に転部したそうですが、学部変更時も「自分ならできる」と思い、試験に挑んだのだとか。自ら中学受験を志願し、再び自ら高校受験に挑戦する過程、そして大学での学部変更という決断。Aさんが手に入れたのは、優れた学力のみならず「人生を自分で舵取りする力」なのかもしれません。